京都大学名誉教授・今本博健氏(河川工学者)、長野県の浅川ダム模型実験にもの申す!
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2008
長野県県議会会派あおぞら公式サイト
長野県議会の『あおぞら』は
地球上のすべての人と共有する青い地球のきれいな空気、美しい山河、澄んだ水を守り、次世代に手渡すことをめざし、環境保全を基調とした政策と、あおぞらのように透明で公正な県政改革を進めます。
イタリア・バイオントダムの映画です。クリックすると、PDFをダウンロードします。
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完成してまもなく1963年に隣接の地山が地滑りを起こし、ダム津波が起こりました。貯水池の水が越流し、下流で2000人を超える犠牲者を出す大惨事が発生した事実を元に作られた映画です。
バイオントダム事故の概要
イタリア北部、イタリア・アルプスにあるピアーブ(Piave)川の左支川バイオント川の深い渓谷に位置する。ビアーブ川総合開発計画の一貫として計画された。当初は民間会社である「アドリア電力会社」により建設され、1960年秋に完成したが、電力国有家宝により、1962年に「イタリア電力会社」に移管された。
ダムは1960年11月30日に竣工。堤高262m、堤頂長190m。
水位を徐々に上げ、130mになった時点で最初の地滑りが起こった。この地滑りで貯水池は当時の二分された形になったため、将来の地滑り拡大を想定して両方を結ぶバイパス水路を1960〜61年に建設した。また、ダムのアパットメントの下流沿いに補強を施した。1961年以降、本格的に水位を上げ始めた。
1963年9月15日には地滑り速度21mm/日、26日は22mm/日。地滑り速度が大きくなったので、貯水池の水位を下げるため、左岸の3本のトンネルから放水。9月28日からは激しい降雨。10月8日には地滑りが活発に。10が宇t9日22時39分、長さ2km、幅1.6kmの左岸地山が地滑りを起こし、1分に満たない時間で、貯水池の中に突入。このときに水位は万水位の22m以下であり、貯水量は1億1500万立方メートルであったが、滑落した土量は2億4000万立方メートルにもなると推定されている。貯水されていた水は、対岸の右岸上方へ250m押し上げられ、次に左岸川に戻ってきて、同時にダムの頂部を100mの高さで跳び越え、下流に流れ出た。ダム工事関係者と下流の5地区で、2125人の死者が出る大惨事となった。
事故責任については、裁判があって、事故に先立つ3,4日前に集落から住民を避難させるべきであったとして、8人が有罪となった。
ダム自体は大きな損傷を受けることはなかったが、その後放棄され、現在は機能を果たしていない。
あおぞらでは、今回県が計画する「浅川ダム」が、景観上、具体的にどのような光景になるかを調べるため、仮想のダムを合成した写真を作成しました。さる、6月21日、本会議終了後、長野市内の要所数箇所から浅川ダム建設予定地方面を撮影し、県土木部の旧浅川ダム計画からダムのイラストを借用、加工して合成しました。
■直下のループ橋越に
治水専用ダムでも、間近で見たら、やはりものすごく大きい。後ろの山は隠れて見えません。
■湯谷第2団地内の路上から
下の家がある辺りを浅川が流れています。ここの人たちはダムを頭上に、暮らすことになります。
■SBC通りのジャスコ屋上より
市街地からもダムはバッチリ見えます。左の山の斜面は、多くの犠牲者を出した地附山地滑り地。
左が現在の景観、右が「浅川ダム」を合成した画像です。
写真をクリックすると、拡大された画像を表示します(約100〜450KB)。